Growth Season
Termites Studio Artist-in-Residence



The Termites is a collective of artists, insects and other species collaborating in a nest that nurtures creative community together with local ecosystems.

Artist residency in collaboration with more than human species

Artists


The Termites Studio:シロアリからひも解く生物多様性とクリエイティヴィティ


嘉藤笑子

The Termitesを組織するアーティストの二人(ジェック・ジェームス(J・J)、越後正志)に初めて会ったのは2023年9月の台湾だった。アーティスト・イン・レジデンス(以下AiR)を運営する者にとってRes Artisという世界的な国際会議が定期的に開催されていることはよく知られている。私自身が墨田区で小さなAiR事業を展開しているので、前出のRes Artisに参加するために台北に行き、そこでThe Termitesの活動を知ることになったのである。

The Termitesとは「シロアリ」という意味なので、その名称にインパクトが強烈にあるのだが、シロアリの生態を活かした活動を率先することによって地球を救うことになるという壮大な構想に触れて驚きを隠せなかった。それは英語によるプレゼンだったこともあり、個性を強調した内容だったのかもしれないし、私の不十分な英語力で過大に聞こえてしまったのかもしれない。とにかく、そのインパクトを伝えたくて帰国後にイギリス人アーティストに興奮して話していたのは事実である。その後、小豆島でふたりに再会したときは、もう少し冷静な態度で彼らの活動を見極めることができた。しかし、そのときに受けた衝撃的なヴィジョンは、確かなものだったのだろう。彼らの意識する小豆島の生態系とクリエイティヴィティが一体化していく活動方針については後述していきたい。

現在、国際社会においてアーティスト・イン・レジデンスの役割が拡大し、その数も増大している。その多くは作家の滞在制作をサポートする事業者だが、いまでは並行してギャラリー展示やワークショップを展開し、地域社会と連携した多彩なプログラムを実施している。世界のAiRは国際事業を根本としながらも地域性を重要視した個性あふれる事業体が増えているのである。そのなかで、The Termitesは小豆島という特異な環境を活かした事業展開によって圧倒的な独創性と希少性を誇っていると言えるだろう。

The Termitesの始まりは、「瀬戸内国際芸術祭2013」に参加したふたりが小豆島に滞在する機会となり、それぞれが島の環境に溶け込んでいく中で10年後に再会したことで、AiRを主眼とする組織になったという。現在のThe Termitesの施設は、J・Jが借用している元素麺工場だった場所で、1階にスタジオ部分と居住空間(AiRに使用)、2階にオフィスとキッチンがある。大掛かりな改修をせずにスタジオに活用していることは、アーティスト・ランの小規模施設として適合しているといえるだろう。今回、ここにお試しで宿泊して、キッチンでは地元の名産の素麺をふるまってもらった。自然にあふれた島内の静かな環境で、ストイックに制作に打ち込める施設である。そして何よりも小豆島という瀬戸内海の孤島が物語を増幅させてくれる場所である。

小豆島に視察をする前に彼らのAiRに滞在中のアーティスト:サンウー・ユンにオンラインでインタビューした。ユンは、韓国人の両親のもとでグアテマラに生まれ、アメリカ、シンガポール、イギリスで教育を受けてきたことから、アーティストとして国際性を身に着けていると言えるだろう。シンガポールの大学でJ・Jから学んだことがきっかけでThe Termitesに6週間滞在することになった。これまでもThe Termitesのレジデンス作家は、J・Jの教え子か海外で知り合ったアーティストである。正直、AiR作家の選考は骨が折れるというか、アーティスト作品やプロファイルだけでは判断しにくいところがあるため、すでに関わったことのあるアーティストたちから選考することでAiRに付きまとうリスクを回避できる。

さてユンの滞在制作の話に戻ろう。滞在中にユンは、コミュニティ向けの子供ワークショップ、アーティストトーク、オープンスわ豆島の様子を聞くと、鹿、サル、虫や蝶と暮らしているという。海と山という大自然のなかで小豆島の環境や歴史を観察しながら制作していた。彼の作品に青いワタリガニが太平洋の図上(上下逆さなのはグローバルサウスを意識している)に楽譜が掲載されているドローイングがある。大海のなかでワタリガニが時間と空間を巡る海図のなかでサウンドを響かせているのだ。これは、The Termitesが目指すヴィジョンである「地球の生態系とともにクリエイティヴなコミュニティを育むための共同制作」を実践しているといえるだろう。

The TermitesのスローガンといえるMore than Humanは、地球の生態系が網羅された環境で新たな創造性を目指すことが主題といえるだろう。現代社会は、地球環境の悪化、気象異常の課題で山積みであってSDGsや継続性、多様性の意義が叫ばれて長いが、その理念が達成していないばかりか、むしろ後退する事態が世界中で起きている。大国が自国第一主義を掲げていることからも、さらなる危機が懸念される。だからこそエコロジーまたは地球全体の生態系を意識したアート活動が急進しているといえる。

シロアリという生き物は、アリとは異なる系列の昆虫であるが、アリのように女王による統率でコロニーを創生している。社会性昆虫と呼ばれるシロアリは、唾液や糞で捏ねた土を素材にしたアリ塚を構築して砂漠の温度差にも耐えるシェルターを建造して生き延びてきた。家屋を食い荒らす害虫とされるシロアリだが、その生態は高度なもので、真社会性という分化が進み働きアリや兵隊アリなどの階級を要している。生物多様性の研究者E.D.ウィルソンは、自然保護はバイオスフィア(生物、あるいは生命のシステムに対する愛情)という人類の本能に合致していると述べているが、その思いはThe Termitesに引き継がれていると思う。つまりJ・Jが、スタジオのなかにあったアリ塚を記念碑のように保有し、The Termitesのシンボルにしているのは偶然ではないだろう。彼らの考えるシロアリは、小豆島の自然を体系的に図表化する手立てであり、クリエイティヴィティを昇華するためのミュータントであり、生物多様性社会を実現していくために必要なラボラトリーといえる。

最近では、アリ塚の構造からエネルギー消費を抑えた効率的な建築デザインが生まれている。アリ塚は、耐久性と持続可能性を保持していて、砂漠のような過酷な環境でも、内部を涼しく保つための自然換気システムが組み込まれているのである。バイオミミクリー(生物模倣)という自然界の仕組みから学び、技術開発に活かすことがビジネスとして始まっている。シロアリが持つ生命維持能力に人間がようやく気が付き始めたところである。サスティナビリティだけではなく、それを超えた循環型・再生型の社会構築を進めていく切り口として、改めてバイオミミクリーに注目が集まっている。The Termitesに集まるアーティストたちによって繰り広げられるクリエイティヴィティが、その糸口になるのではないかと期待している。

今回、年間事業として感覚を主題にしたプログラムを行った。それは、見る(Vision)、味わう(Flavor)、嗅ぐ(Scent)、聴く(Listen)、触れる(Movement)という五感をテーマにした地元向けの5つのワークショップだった。小豆島は、瀬戸内国際芸術祭の会場としても知られる場所だが、彼らの活動が大きな芸術祭の陰に潜むことよりも

5つのワークショップは、<見る>では、小豆島の北西部に位置する離島(四海、千振島、沖ノ島周辺)に赴き、船上で生き物探索を行った。航海で得た知識を基にモアザンヒューマンの視点で地図を作成した。次に<味わう>では、コスモイン有機園のオーナーと微生物を活かした麦味噌づくりを行った。<触れる>は、夕陽ヶ丘ホテルの庭園で土に触れ、質感や温度の変化を体感し、その体験を擬音で表現する試みを行った。<嗅ぐ>では、サンウー・ユンが、子どもたちと屋外で香りのする素材を集めて、その香りから想起する色の絵を描いた。<聴く>は、スケッチや昆虫観察を通してディレクターのふたりが複数の場所と機会でワークショップを行い、コミュニティ強化を図った。

どうやらThe Termitesでは、アーティストはシロアリという役割を担い、モアザンヒューマン(生き物たち)はコレクティヴという役割であり、それぞれが共同制作をすることでコミュニティがクリエイティヴィティであふれるという筋書きを描いた。その構図は、わかりやすさのために生み出した系図だろうが、シロアリはもっと複雑な役割を担えると思っているし、我々が思っているよりもポテンシャルがある。小さな枠組みに収めようとせずにシロアリが思うままに盛んに活動してほしい。

2024年に福武財団の助成金を得て活動資金を得た。2025年も継続が約束されている。The Termitesの活動は、初期段階にもかかわらず意欲的でチャレンジ精神に満ちている。今後の活動に注視していきたい。





この事業の一部は、公益財団法人 福武財団「2024年度アートによる地域振興助成」から助成を受けています。